スペインの国旗について
スペインの国旗、通称「ロヒグアルダ(La Rojigualda=赤と金黄色の旗)」について、その誕生の非常に「実用的な理由」から、中に描かれた緻密な国章の歴史的ロマン、そして独裁政権からの脱却の歴史まで、詳しく解説します。スペインの国旗は、世界で最も複雑で歴史のロマンが詰め込まれた「紋章(国章)」を持つ国旗の一つです。
1. デザインと色の意味
上から「赤・黄・赤」の横縞模様です。中央の黄色の帯は、上下の赤い帯の**「2倍の太さ」**(比率は1:2:1)になっています。
- 赤と黄色の意味(俗説) 一般的には、情熱の国スペインらしく**「赤は外敵を打ち払うために流されたスペイン人の血」「黄色は豊かな国土と太陽、あるいは黄金」**を表すとよく言われます。闘牛のケープと砂の色とも例えられます。
- 赤と黄色の意味(本当の歴史的理由) 実は、この色が選ばれた最大の理由は**「海の上でめちゃくちゃ目立つから」**です。詳しくは後述の歴史で解説します。
2. 世界一ロマンチック?「国章」に隠された秘密
黄色い帯の左側(旗竿側)には、非常に複雑な「国章」が描かれています。この小さなマークの中に、スペインの歴史すべてが凝縮されています。
① 左右の柱:「ヘラクレスの柱」 盾を挟むように建っている2本の柱は、ジブラルタル海峡(ヨーロッパとアフリカの間)にある岩山「ヘラクレスの柱」を表しています。
- モットー「Plus Ultra(さらに彼方へ)」 柱に巻き付いている赤いリボンにはラテン語で「Plus Ultra(プルス・ウルトラ)」と書かれています。 大航海時代以前、ヨーロッパ人にとってジブラルタル海峡は「世界の果て」であり、そこから先はないという意味で「Non Plus Ultra(これより先には何もない)」と信じられていました。しかし、コロンブスがアメリカ大陸を発見したことで「その先の世界」があることが証明され、「Non(〜ない)」の文字を取り払い「さらに彼方へ(Plus Ultra)」という壮大なスローガンに変更されたのです。
② 中央の盾:「5つの王国」と「現在の王家」 盾の中は大きく5つに分かれており、スペインという国を形成するために統合された「かつての5つの王国」のシンボルが描かれています。
- 左上(城):カスティリャ王国
- 右上(ライオン):レオン王国
- 左下(赤と黄の縦縞):アラゴン王国
- 右下(金の鎖):ナバラ王国
- 一番下の小さな部分(ザクロの実):最後に陥落させたイスラム王朝、グラナダ王国(グラナダはスペイン語でザクロの意味)
- ど真ん中の青い盾(3つの百合の花):現在も続くスペイン王室**「ブルボン家(ボルボン家)」**の紋章です。
③ 一番上の王冠 スペインが現在も「立憲君主制(王様がいる国)」であることを示す、スペイン王冠です。
3. 「ロヒグアルダ」の歴史と由来
スペイン国旗は、もともとは「海軍の軍艦旗」としてデザインされたものが国旗に昇格したという歴史を持ちます。
① 味方からの「誤射」を防ぐためのコンペ(1785年) 18世紀後半、スペイン海軍は「真っ白な背景にブルボン家の紋章」を描いた旗を使っていました。しかし、当時のフランスやナポリなど、他の親戚の国々(ブルボン家関連)もみんな同じような「真っ白な旗」を使っていたため、海上で風がないと国籍の区別がつかず、味方同士で大砲を撃ち合う誤射事件が多発していました。 そこで1785年、当時の国王カルロス3世は「とにかく海上で遠くからでも目立つ、他国と絶対に被らない派手な旗を作れ!」と命じ、コンペティションを開催しました。その結果選ばれたのが、赤と黄色の強烈なコントラストを持つ現在のデザインの原型でした。
② 国旗への昇格(1843年) 当初は軍艦だけの旗でしたが、その視認性の高さとデザインの良さから陸軍や港でも使われるようになり、1843年にイサベル2世によって正式に「スペインの国旗」として制定されました。
③ 激動の20世紀:「紫の国旗」と「黒い鷲」 しかし、20世紀に入るとスペインは激しい内戦と政権交代を経験し、国旗もめまぐるしく変わります。
- 第二共和政時代(1931年〜1939年):王制が倒されて共和国になった際、一番下の赤い帯が**「紫色」**に変更されました(赤・黄・紫の三色旗)。紫はカスティリャの反乱軍を象徴する色であり、王室の排除を意味していました。
- フランコ独裁政権時代(1939年〜1975年):スペイン内戦に勝利したフランコ将軍による独裁政権下では、国旗は赤・黄・赤に戻されましたが、中央に巨大な**「サン・フアンの黒い鷲(ヨハネの鷲)」**の紋章がデカデカと描かれました。
- 民主化と現在の国旗(1981年〜):フランコ死後、王政復古を経て民主化が進み、1981年に「独裁の象徴」であった黒い鷲の紋章が廃止され、現在の歴史的な国章をあしらったデザインに落ち着きました。
4. 知っておきたい豆知識(トリビア)
- 国章の位置が「ど真ん中」ではない理由 スペイン国旗の国章は、中央ではなく**「旗竿側(左側)から3分の1の位置」**に少しズレて配置されています。 これは海軍旗としての名残です。海の上で旗の先端(右側)が強風でボロボロにちぎれてしまっても、あるいは風がなくて旗が垂れ下がっていても、**国章が左側に寄っていればしっかりと相手に見える(国籍を証明できる)**という、非常に実用的な理由から計算された配置なのです。
- 「国章なし」の市民旗もある 法律上、スペインには中央の国章がない「ただの赤・黄・赤の縞模様」の旗(市民旗)も存在します。しかし、現在では一般市民がスポーツの応援などで使う場合も、圧倒的に「国章入り」の旗が好まれて使われています(国章入りの方がカッコいいから、という理由が大きいとされています)。
- 闘牛の赤い布(ムレータ)との関係 スペインといえば闘牛ですが、闘牛士が使う赤い布も、国旗の赤と同じく「情熱」や「血」を連想させます。しかし、牛は実は色盲(赤と緑の区別がつかない)であり、ヒラヒラ動くものに興奮しているだけです。赤い布を使うのは、観客(人間)を興奮させるためと、牛の血を目立たなくさせるためだと言われています。
以上のように、スペインの国旗「ロヒグアルダ」は、海上での誤射を防ぐという超実用的な理由から生まれたド派手な配色と、「世界の果てを超えていく」という大航海時代のロマン、そして王国の歴史をすべて詰め込んだ美しい国章が見事に融合した国旗なのです。
素材について
スペインの国旗、通称「ロヒグアルダ(La Rojigualda=赤と金黄色の旗)」について、その誕生の非常に「実用的な理由」から、中に描かれた緻密な国章の歴史的ロマン、そして独裁政権からの脱却の歴史まで、詳しく解説します。スペインの国旗は、世界で最も複雑で歴史のロマンが詰め込まれた「紋章(国章)」を持つ国旗の一つです。
1. デザインと色の意味
上から「赤・黄・赤」の横縞模様です。中央の黄色の帯は、上下の赤い帯の**「2倍の太さ」**(比率は1:2:1)になっています。
- 赤と黄色の意味(俗説) 一般的には、情熱の国スペインらしく**「赤は外敵を打ち払うために流されたスペイン人の血」「黄色は豊かな国土と太陽、あるいは黄金」**を表すとよく言われます。闘牛のケープと砂の色とも例えられます。
- 赤と黄色の意味(本当の歴史的理由) 実は、この色が選ばれた最大の理由は**「海の上でめちゃくちゃ目立つから」**です。詳しくは後述の歴史で解説します。
2. 世界一ロマンチック?「国章」に隠された秘密
黄色い帯の左側(旗竿側)には、非常に複雑な「国章」が描かれています。この小さなマークの中に、スペインの歴史すべてが凝縮されています。
① 左右の柱:「ヘラクレスの柱」 盾を挟むように建っている2本の柱は、ジブラルタル海峡(ヨーロッパとアフリカの間)にある岩山「ヘラクレスの柱」を表しています。
- モットー「Plus Ultra(さらに彼方へ)」 柱に巻き付いている赤いリボンにはラテン語で「Plus Ultra(プルス・ウルトラ)」と書かれています。 大航海時代以前、ヨーロッパ人にとってジブラルタル海峡は「世界の果て」であり、そこから先はないという意味で「Non Plus Ultra(これより先には何もない)」と信じられていました。しかし、コロンブスがアメリカ大陸を発見したことで「その先の世界」があることが証明され、「Non(〜ない)」の文字を取り払い「さらに彼方へ(Plus Ultra)」という壮大なスローガンに変更されたのです。
② 中央の盾:「5つの王国」と「現在の王家」 盾の中は大きく5つに分かれており、スペインという国を形成するために統合された「かつての5つの王国」のシンボルが描かれています。
- 左上(城):カスティリャ王国
- 右上(ライオン):レオン王国
- 左下(赤と黄の縦縞):アラゴン王国
- 右下(金の鎖):ナバラ王国
- 一番下の小さな部分(ザクロの実):最後に陥落させたイスラム王朝、グラナダ王国(グラナダはスペイン語でザクロの意味)
- ど真ん中の青い盾(3つの百合の花):現在も続くスペイン王室**「ブルボン家(ボルボン家)」**の紋章です。
③ 一番上の王冠 スペインが現在も「立憲君主制(王様がいる国)」であることを示す、スペイン王冠です。
3. 「ロヒグアルダ」の歴史と由来
スペイン国旗は、もともとは「海軍の軍艦旗」としてデザインされたものが国旗に昇格したという歴史を持ちます。
① 味方からの「誤射」を防ぐためのコンペ(1785年) 18世紀後半、スペイン海軍は「真っ白な背景にブルボン家の紋章」を描いた旗を使っていました。しかし、当時のフランスやナポリなど、他の親戚の国々(ブルボン家関連)もみんな同じような「真っ白な旗」を使っていたため、海上で風がないと国籍の区別がつかず、味方同士で大砲を撃ち合う誤射事件が多発していました。 そこで1785年、当時の国王カルロス3世は「とにかく海上で遠くからでも目立つ、他国と絶対に被らない派手な旗を作れ!」と命じ、コンペティションを開催しました。その結果選ばれたのが、赤と黄色の強烈なコントラストを持つ現在のデザインの原型でした。
② 国旗への昇格(1843年) 当初は軍艦だけの旗でしたが、その視認性の高さとデザインの良さから陸軍や港でも使われるようになり、1843年にイサベル2世によって正式に「スペインの国旗」として制定されました。
③ 激動の20世紀:「紫の国旗」と「黒い鷲」 しかし、20世紀に入るとスペインは激しい内戦と政権交代を経験し、国旗もめまぐるしく変わります。
- 第二共和政時代(1931年〜1939年):王制が倒されて共和国になった際、一番下の赤い帯が**「紫色」**に変更されました(赤・黄・紫の三色旗)。紫はカスティリャの反乱軍を象徴する色であり、王室の排除を意味していました。
- フランコ独裁政権時代(1939年〜1975年):スペイン内戦に勝利したフランコ将軍による独裁政権下では、国旗は赤・黄・赤に戻されましたが、中央に巨大な**「サン・フアンの黒い鷲(ヨハネの鷲)」**の紋章がデカデカと描かれました。
- 民主化と現在の国旗(1981年〜):フランコ死後、王政復古を経て民主化が進み、1981年に「独裁の象徴」であった黒い鷲の紋章が廃止され、現在の歴史的な国章をあしらったデザインに落ち着きました。
4. 知っておきたい豆知識(トリビア)
- 国章の位置が「ど真ん中」ではない理由 スペイン国旗の国章は、中央ではなく**「旗竿側(左側)から3分の1の位置」**に少しズレて配置されています。 これは海軍旗としての名残です。海の上で旗の先端(右側)が強風でボロボロにちぎれてしまっても、あるいは風がなくて旗が垂れ下がっていても、**国章が左側に寄っていればしっかりと相手に見える(国籍を証明できる)**という、非常に実用的な理由から計算された配置なのです。
- 「国章なし」の市民旗もある 法律上、スペインには中央の国章がない「ただの赤・黄・赤の縞模様」の旗(市民旗)も存在します。しかし、現在では一般市民がスポーツの応援などで使う場合も、圧倒的に「国章入り」の旗が好まれて使われています(国章入りの方がカッコいいから、という理由が大きいとされています)。
- 闘牛の赤い布(ムレータ)との関係 スペインといえば闘牛ですが、闘牛士が使う赤い布も、国旗の赤と同じく「情熱」や「血」を連想させます。しかし、牛は実は色盲(赤と緑の区別がつかない)であり、ヒラヒラ動くものに興奮しているだけです。赤い布を使うのは、観客(人間)を興奮させるためと、牛の血を目立たなくさせるためだと言われています。
以上のように、スペインの国旗「ロヒグアルダ」は、海上での誤射を防ぐという超実用的な理由から生まれたド派手な配色と、「世界の果てを超えていく」という大航海時代のロマン、そして王国の歴史をすべて詰め込んだ美しい国章が見事に融合した国旗なのです。
無料ダウンロード
詳細データ・リンク
| 素材名 | スペインの国旗 |
|---|---|
| キーワード | スペイン, 国旗 |
| 制作者 (Creator) | 3kaku-K |
| 著作権 (Copyright) | 3kaku-K |
| クレジット (Credit) | freesozai.jp |
| 関連リンク | 参考リンク |