ナイジェリアの国旗について
ナイジェリアの国旗は、左から「緑・白・緑」の垂直な3つの帯で構成される、世界でもトップクラスにシンプルで洗練されたデザインの国旗です。しかし、この極限まで無駄を削ぎ落とした旗の裏には幻となった赤い太陽の存在や、国旗をデザインした青年の数奇な人生、そしてアフリカ諸国の中で「あえて流行の色を使わなかった」という強いこだわりが隠されています。
1. デザインと色の意味:多民族国家の願い
緑、白、緑が同じ幅で垂直に並ぶ(縦三色旗)デザインです。アフリカ最大の人口(約2億2000万人)と、250以上の異なる民族を抱える巨大国家をまとめるための、非常にクリアな意味が込められています。
- 緑色(両端の2本の帯) ナイジェリアの 「豊かな自然環境」「農業の恵み」 、そして広大な森林資源を表しています。ナイジェリアはアフリカ有数の産油国ですが、根本的な国の豊かさは緑の大地(農業)にあるという思想が込められています。
- 白色(中央の帯) 「平和」 と 「統合(ユニティ)」 を意味しています。宗教(北部のイスラム教と南部のキリスト教)や、多数の部族間の対立といった火種を抱える多民族国家において、「平和的に一つの国としてまとまること」は最も重要な国家の悲願です。
2. 国旗の歴史と由来:「幻の赤い太陽」
ナイジェリアの国旗は、イギリスからの独立(1960年)に向けて開催されたデザイン・コンペティションから誕生しました。
① 新聞広告を見た23歳の留学生(1959年) 独立前年の1959年、新しい国旗のデザインが公募されました。この時、ロンドンのノーウッド技術専門学校に留学していた23歳のナイジェリア人学生 マイケル・タイウォ・アキンクンミ は、図書館で飛行機の中にあった新聞を読んでいた際にこの公募広告を見つけました。 彼は母国の豊かな緑と、平和への願いを込めたデザインを考案し、応募しました。
② オリジナルデザインには「赤い太陽」があった アキンクンミが提出したオリジナルのデザインは、緑・白・緑の縦縞模様の 中央(白い部分)に、「赤い輝く太陽」がデカデカと描かれていました。 全国から集まった約2,870点もの応募案の中から、彼のデザインが見事優勝を飾りました。
③ 審査員による「極限の引き算」 しかし、政府の審査委員会は最終決定を下す際に 「中央の赤い太陽はない方が、よりシンプルで美しく、人々の記憶に強く残る」 と判断し、太陽のデザインを削除してしまいました。 こうして、文字やマークが一切ない、現在の「緑・白・緑」だけの究極にミニマルな国旗が完成し、1960年10月1日の独立記念日に初めて掲揚されました。
3. 「国旗の男」アキンクンミの数奇な人生
国旗をデザインした青年アキンクンミのその後の人生は、ナイジェリア国内でよく知られるドラマチックなエピソードです。
コンペで優勝した当時、彼は賞金として100ポンド(当時の学生にとっては大金)を受け取り、英雄としてもてはやされました。しかし帰国後、彼は公務員として真面目に働いたものの、病気で早期退職を余儀なくされ、その後は数十年にわたって国から完全に忘れ去られ、貧しい年金生活を送っていました。 家はボロボロで、彼が国旗のデザイナーであることを知る人は近所にもほとんどいませんでした。
しかし2010年代に入り、一部のジャーナリストや活動家が「国のシンボルを作った偉人がこんな悲惨な生活をしているのはおかしい」と声を上げ、メディアで大きく報じられました。 これを重く見た当時のグッドラック・ジョナサン大統領は、2014年に彼を大統領府に招き、国家勲章を授与するとともに 「大統領補佐官と同等の終身給与(年金)」 を支給することを決定しました。 国民から「ミスター・フラッグマン(国旗の男)」として再び愛されるようになった彼は、2023年8月に87歳で穏やかにこの世を去りました。
4. 知っておきたい豆知識(トリビア)
- あえて「汎アフリカ色」を使わなかった理由 1960年代、アフリカの多くの国が次々と独立を果たした際、大半の国はエチオピアやガーナに倣って 「汎アフリカ色(赤・黄・緑)」 を国旗に採用しました(セネガル、カメルーン、マリなど)。 しかしナイジェリアは、他国と色が被ることを避けて 「我々はナイジェリアという独自の豊かな国家である」 という強いアイデンティティを示すため、あえて流行の赤と黄色を使わず、緑と白だけで勝負するという非常に洗練された選択をしました。
- 「ローデシア」の旗との激似問題 かつてアフリカ南部に存在した白人政権の国 「ローデシア(現在のジンバブエ)」 は、1968年から1979年まで、ナイジェリアと全く同じ「緑・白・緑」の縦三色旗を使用していました(※中央にローデシアの紋章が入っている違いはありました)。 そのため、当時の国際社会ではナイジェリアの国旗と混同されることがありましたが、ローデシアが崩壊しジンバブエとなったことでこの問題は解消されました。
- 掲揚の厳しいルール ナイジェリアでは国旗への敬意が強く求められます。法律および慣例により、「ナイジェリア国旗は、いかなる州旗や企業旗よりも高い位置(または同じ高さなら一番目立つ位置)に掲げなければならない」「色褪せたり破れたりした国旗を掲げることは国家への侮辱である」とされています。
以上のように、ナイジェリアの国旗は「引き算の美学」によって生まれた極めてシンプルなデザインの中に、多民族国家を平和にまとめ上げるという壮大な祈りと、それを生み出した青年の数奇な人生の物語が織り込まれた国旗なのです。
素材について
ナイジェリアの国旗は、左から「緑・白・緑」の垂直な3つの帯で構成される、世界でもトップクラスにシンプルで洗練されたデザインの国旗です。しかし、この極限まで無駄を削ぎ落とした旗の裏には幻となった赤い太陽の存在や、国旗をデザインした青年の数奇な人生、そしてアフリカ諸国の中で「あえて流行の色を使わなかった」という強いこだわりが隠されています。
1. デザインと色の意味:多民族国家の願い
緑、白、緑が同じ幅で垂直に並ぶ(縦三色旗)デザインです。アフリカ最大の人口(約2億2000万人)と、250以上の異なる民族を抱える巨大国家をまとめるための、非常にクリアな意味が込められています。
- 緑色(両端の2本の帯) ナイジェリアの 「豊かな自然環境」「農業の恵み」 、そして広大な森林資源を表しています。ナイジェリアはアフリカ有数の産油国ですが、根本的な国の豊かさは緑の大地(農業)にあるという思想が込められています。
- 白色(中央の帯) 「平和」 と 「統合(ユニティ)」 を意味しています。宗教(北部のイスラム教と南部のキリスト教)や、多数の部族間の対立といった火種を抱える多民族国家において、「平和的に一つの国としてまとまること」は最も重要な国家の悲願です。
2. 国旗の歴史と由来:「幻の赤い太陽」
ナイジェリアの国旗は、イギリスからの独立(1960年)に向けて開催されたデザイン・コンペティションから誕生しました。
① 新聞広告を見た23歳の留学生(1959年) 独立前年の1959年、新しい国旗のデザインが公募されました。この時、ロンドンのノーウッド技術専門学校に留学していた23歳のナイジェリア人学生 マイケル・タイウォ・アキンクンミ は、図書館で飛行機の中にあった新聞を読んでいた際にこの公募広告を見つけました。 彼は母国の豊かな緑と、平和への願いを込めたデザインを考案し、応募しました。
② オリジナルデザインには「赤い太陽」があった アキンクンミが提出したオリジナルのデザインは、緑・白・緑の縦縞模様の 中央(白い部分)に、「赤い輝く太陽」がデカデカと描かれていました。 全国から集まった約2,870点もの応募案の中から、彼のデザインが見事優勝を飾りました。
③ 審査員による「極限の引き算」 しかし、政府の審査委員会は最終決定を下す際に 「中央の赤い太陽はない方が、よりシンプルで美しく、人々の記憶に強く残る」 と判断し、太陽のデザインを削除してしまいました。 こうして、文字やマークが一切ない、現在の「緑・白・緑」だけの究極にミニマルな国旗が完成し、1960年10月1日の独立記念日に初めて掲揚されました。
3. 「国旗の男」アキンクンミの数奇な人生
国旗をデザインした青年アキンクンミのその後の人生は、ナイジェリア国内でよく知られるドラマチックなエピソードです。
コンペで優勝した当時、彼は賞金として100ポンド(当時の学生にとっては大金)を受け取り、英雄としてもてはやされました。しかし帰国後、彼は公務員として真面目に働いたものの、病気で早期退職を余儀なくされ、その後は数十年にわたって国から完全に忘れ去られ、貧しい年金生活を送っていました。 家はボロボロで、彼が国旗のデザイナーであることを知る人は近所にもほとんどいませんでした。
しかし2010年代に入り、一部のジャーナリストや活動家が「国のシンボルを作った偉人がこんな悲惨な生活をしているのはおかしい」と声を上げ、メディアで大きく報じられました。 これを重く見た当時のグッドラック・ジョナサン大統領は、2014年に彼を大統領府に招き、国家勲章を授与するとともに 「大統領補佐官と同等の終身給与(年金)」 を支給することを決定しました。 国民から「ミスター・フラッグマン(国旗の男)」として再び愛されるようになった彼は、2023年8月に87歳で穏やかにこの世を去りました。
4. 知っておきたい豆知識(トリビア)
- あえて「汎アフリカ色」を使わなかった理由 1960年代、アフリカの多くの国が次々と独立を果たした際、大半の国はエチオピアやガーナに倣って 「汎アフリカ色(赤・黄・緑)」 を国旗に採用しました(セネガル、カメルーン、マリなど)。 しかしナイジェリアは、他国と色が被ることを避けて 「我々はナイジェリアという独自の豊かな国家である」 という強いアイデンティティを示すため、あえて流行の赤と黄色を使わず、緑と白だけで勝負するという非常に洗練された選択をしました。
- 「ローデシア」の旗との激似問題 かつてアフリカ南部に存在した白人政権の国 「ローデシア(現在のジンバブエ)」 は、1968年から1979年まで、ナイジェリアと全く同じ「緑・白・緑」の縦三色旗を使用していました(※中央にローデシアの紋章が入っている違いはありました)。 そのため、当時の国際社会ではナイジェリアの国旗と混同されることがありましたが、ローデシアが崩壊しジンバブエとなったことでこの問題は解消されました。
- 掲揚の厳しいルール ナイジェリアでは国旗への敬意が強く求められます。法律および慣例により、「ナイジェリア国旗は、いかなる州旗や企業旗よりも高い位置(または同じ高さなら一番目立つ位置)に掲げなければならない」「色褪せたり破れたりした国旗を掲げることは国家への侮辱である」とされています。
以上のように、ナイジェリアの国旗は「引き算の美学」によって生まれた極めてシンプルなデザインの中に、多民族国家を平和にまとめ上げるという壮大な祈りと、それを生み出した青年の数奇な人生の物語が織り込まれた国旗なのです。
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詳細データ・リンク
| 素材名 | ナイジェリアの国旗 |
|---|---|
| キーワード | ナイジェリア, 国旗 |
| 制作者 (Creator) | 3kaku-K |
| 著作権 (Copyright) | 3kaku-K |
| クレジット (Credit) | freesozai.jp |
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