マレーシアの国旗について
マレーシアの国旗、通称「ジャルル・グミラン(Jalur Gemilang=栄光の縞模様)」について、そのデザインの意味、シンガポール独立に伴う「14」という数字のドラマチックな意味の変更、そしてアメリカの星条旗との意外な共通のルーツまで、詳しく解説します。
1. デザインと形の意味:すべてに宿る「14」の秘密
赤と白の横縞模様、そして左上の青い四角(カントン)の中に黄色い三日月と星が描かれています。
- 14本の赤と白の縞模様 & 14の角を持つ星 マレーシア国旗の最大の特徴は「14」という数字です。この14本の縞と、14の角を持つ星(連邦の星=ビンタン・ペルセクトゥアン)は、 「マレーシアを構成する13の州」と「連邦直轄領(首都クアラルンプール、ラブアン、プトラジャヤ)」 が平等に統合されていることを表しています。
- 黄色い三日月と星
- 三日月:マレーシアの国教である 「イスラム教」 を象徴しています。
- 黄色:マレーシアの各州を治める 「スルタン(伝統的な君主・王族)」の象徴的な色(王室の色) です。国王への忠誠を意味しています。
- 赤・白・青の意味
- 赤:国民の 「勇気」と「たくましさ」 。
- 白:国民の 「純潔」と「誠実さ」 。
- 青い背景:多民族(マレー系、華人系、インド系など)からなるマレーシア国民の 「団結(和合)」 を表しています。
2. 「ジャルル・グミラン」の歴史と由来
この国旗は、一人の若い建築家によるコンペティションから始まり、国家の枠組みが変わるたびにその「意味」を変化させてきました。
① 29歳の建築家がデザイン(1947年) イギリスの保護国から「マラヤ連邦」として独立へ向けて準備を進めていた1947年、新しい国旗のデザインコンペが開催されました。373点の応募の中から選ばれたのは、公共事業局で働く29歳の建築家 モハマド・ハムザ のデザインでした。 彼はわずか2週間で2つのデザイン案を作成し、そのうちの1つが国民投票を経て採用されました。
② 当初は「11本の縞と11角の星」だった 1950年に初めて公式に掲揚された際、マラヤ連邦は「11の州」で構成されていたため 縞模様は11本、星の角も11個 でした。
③ マレーシア結成とシンガポールの加入(1963年) 1963年、マラヤ連邦に「サバ州」「サラワク州」、そして 「シンガポール」 の3つが新たに加わり、「マレーシア」が結成されました。 州の数が合計「14」になったため、国旗のデザインもアップデートされ 現在の「14本の縞と14角の星」に変更 されました。
④ シンガポールの追放と「意味のすり替え」(1965年) しかしそのわずか2年後の1965年、政治的対立から シンガポールがマレーシアから追放される形で独立 してしまいます。 州が1つ減って「13」になったため、「国旗の縞と星の角も13に戻すのか?」という問題が起きました。しかしマレーシア政府は、国旗のデザインを作り直すコストや手間を避けるため、そして国家の威信を保つため非常に賢い解決策をとりました。 デザイン(14という数)はそのまま据え置き 「残った1つの縞と角は、シンガポールではなく『連邦政府(首都機能)』を表すことにする!」と意味だけを再定義 したのです。これが現在まで続く「13州+1連邦直轄領」という公式な意味の由来です。
3. アメリカの星条旗の「パクリ」なのか?
マレーシアの国旗を見ると、誰もが「アメリカの国旗(星条旗)に似ている」と思います。しかし、これは単純にアメリカを真似たわけではありません。両者には 「イギリス東インド会社」という共通のルーツ(祖父のような存在) があると考えられています。
- 東インド会社の旗との関係
17世紀から19世紀にかけてアジアの海を支配した「イギリス東インド会社」の旗は、「赤と白の横縞の左上に、イギリス国旗(ユニオンジャック)」というデザインでした。
- アメリカ:かつてイギリスの植民地だったアメリカは、独立戦争時にこの東インド会社の旗をベースにして最初の国旗(グランド・ユニオン旗)を作り、のちに左上を「星」に変えました。
- マレーシア(東南アジア):マレー半島もまたイギリス(東インド会社)の強い影響下にあった地域です。さらに、13世紀に栄えた東南アジアのマジャパヒト王国も「赤と白の縞模様」をシンボルにしていました(インドネシア国旗のルーツでもあります)。 つまり、マレーシアの国旗はアメリカをパクったというより「東南アジアの伝統的な紅白カラー」と「地域に馴染み深かったイギリス東インド会社の縞模様のレイアウト」を融合させた結果、偶然アメリカの国旗と似た構造になった(あるいは同じ祖先から派生した)という側面が強いのです。
4. 知っておきたい豆知識(トリビア)
- 「ジャルル・グミラン」という名前の誕生(1997年) 実は、1997年までこの国旗には特別な愛称がなく、単に「マレーシアの国旗」と呼ばれていました。独立40周年を迎えた1997年、当時のマハティール首相が「アメリカの『星条旗』や日本の『日の丸』のように、我々の国旗にも誇り高い名前をつけよう」と提案し、公募により 「ジャルル・グミラン(栄光の縞模様)」 と名付けられました。
- 独立記念日(ムルデカ)の熱狂 毎年8月31日の独立記念日(ハリ・ムルデカ)が近づくと、街中、車、バイク、ビル全体が信じられないほどの数のジャルル・グミランで覆い尽くされます。愛国心を示すため、国旗の柄をモチーフにした服を着る人も多いですが、「実際の国旗を切り刻んで服にする」ことは国家への不敬にあたるため、厳しく禁止されています。
- 絶対に間違えてはいけない「星の描き方」 他国の国旗で「14の角を持つ星」を描くことはまずありません。そのため、海外でマレーシア国旗のイラストが描かれる際、ただの「5つの角の星」や「適当なギザギザ」でごまかされる放送事故や印刷ミスがよく起こりますが、マレーシア国民はこれに非常に敏感に抗議します。「14」という数字こそが、彼らの国家の形そのものだからです。
以上のように、マレーシアの国旗「ジャルル・グミラン」は、イスラム教と王室への敬意を表しつつ、シンガポール離脱という国家の大きな試練を「意味の変更」で乗り越えた、非常に柔軟でたくましい多民族国家の歴史が織り込まれた国旗なのです。
素材について
マレーシアの国旗、通称「ジャルル・グミラン(Jalur Gemilang=栄光の縞模様)」について、そのデザインの意味、シンガポール独立に伴う「14」という数字のドラマチックな意味の変更、そしてアメリカの星条旗との意外な共通のルーツまで、詳しく解説します。
1. デザインと形の意味:すべてに宿る「14」の秘密
赤と白の横縞模様、そして左上の青い四角(カントン)の中に黄色い三日月と星が描かれています。
- 14本の赤と白の縞模様 & 14の角を持つ星 マレーシア国旗の最大の特徴は「14」という数字です。この14本の縞と、14の角を持つ星(連邦の星=ビンタン・ペルセクトゥアン)は、 「マレーシアを構成する13の州」と「連邦直轄領(首都クアラルンプール、ラブアン、プトラジャヤ)」 が平等に統合されていることを表しています。
- 黄色い三日月と星
- 三日月:マレーシアの国教である 「イスラム教」 を象徴しています。
- 黄色:マレーシアの各州を治める 「スルタン(伝統的な君主・王族)」の象徴的な色(王室の色) です。国王への忠誠を意味しています。
- 赤・白・青の意味
- 赤:国民の 「勇気」と「たくましさ」 。
- 白:国民の 「純潔」と「誠実さ」 。
- 青い背景:多民族(マレー系、華人系、インド系など)からなるマレーシア国民の 「団結(和合)」 を表しています。
2. 「ジャルル・グミラン」の歴史と由来
この国旗は、一人の若い建築家によるコンペティションから始まり、国家の枠組みが変わるたびにその「意味」を変化させてきました。
① 29歳の建築家がデザイン(1947年) イギリスの保護国から「マラヤ連邦」として独立へ向けて準備を進めていた1947年、新しい国旗のデザインコンペが開催されました。373点の応募の中から選ばれたのは、公共事業局で働く29歳の建築家 モハマド・ハムザ のデザインでした。 彼はわずか2週間で2つのデザイン案を作成し、そのうちの1つが国民投票を経て採用されました。
② 当初は「11本の縞と11角の星」だった 1950年に初めて公式に掲揚された際、マラヤ連邦は「11の州」で構成されていたため 縞模様は11本、星の角も11個 でした。
③ マレーシア結成とシンガポールの加入(1963年) 1963年、マラヤ連邦に「サバ州」「サラワク州」、そして 「シンガポール」 の3つが新たに加わり、「マレーシア」が結成されました。 州の数が合計「14」になったため、国旗のデザインもアップデートされ 現在の「14本の縞と14角の星」に変更 されました。
④ シンガポールの追放と「意味のすり替え」(1965年) しかしそのわずか2年後の1965年、政治的対立から シンガポールがマレーシアから追放される形で独立 してしまいます。 州が1つ減って「13」になったため、「国旗の縞と星の角も13に戻すのか?」という問題が起きました。しかしマレーシア政府は、国旗のデザインを作り直すコストや手間を避けるため、そして国家の威信を保つため非常に賢い解決策をとりました。 デザイン(14という数)はそのまま据え置き 「残った1つの縞と角は、シンガポールではなく『連邦政府(首都機能)』を表すことにする!」と意味だけを再定義 したのです。これが現在まで続く「13州+1連邦直轄領」という公式な意味の由来です。
3. アメリカの星条旗の「パクリ」なのか?
マレーシアの国旗を見ると、誰もが「アメリカの国旗(星条旗)に似ている」と思います。しかし、これは単純にアメリカを真似たわけではありません。両者には 「イギリス東インド会社」という共通のルーツ(祖父のような存在) があると考えられています。
- 東インド会社の旗との関係
17世紀から19世紀にかけてアジアの海を支配した「イギリス東インド会社」の旗は、「赤と白の横縞の左上に、イギリス国旗(ユニオンジャック)」というデザインでした。
- アメリカ:かつてイギリスの植民地だったアメリカは、独立戦争時にこの東インド会社の旗をベースにして最初の国旗(グランド・ユニオン旗)を作り、のちに左上を「星」に変えました。
- マレーシア(東南アジア):マレー半島もまたイギリス(東インド会社)の強い影響下にあった地域です。さらに、13世紀に栄えた東南アジアのマジャパヒト王国も「赤と白の縞模様」をシンボルにしていました(インドネシア国旗のルーツでもあります)。 つまり、マレーシアの国旗はアメリカをパクったというより「東南アジアの伝統的な紅白カラー」と「地域に馴染み深かったイギリス東インド会社の縞模様のレイアウト」を融合させた結果、偶然アメリカの国旗と似た構造になった(あるいは同じ祖先から派生した)という側面が強いのです。
4. 知っておきたい豆知識(トリビア)
- 「ジャルル・グミラン」という名前の誕生(1997年) 実は、1997年までこの国旗には特別な愛称がなく、単に「マレーシアの国旗」と呼ばれていました。独立40周年を迎えた1997年、当時のマハティール首相が「アメリカの『星条旗』や日本の『日の丸』のように、我々の国旗にも誇り高い名前をつけよう」と提案し、公募により 「ジャルル・グミラン(栄光の縞模様)」 と名付けられました。
- 独立記念日(ムルデカ)の熱狂 毎年8月31日の独立記念日(ハリ・ムルデカ)が近づくと、街中、車、バイク、ビル全体が信じられないほどの数のジャルル・グミランで覆い尽くされます。愛国心を示すため、国旗の柄をモチーフにした服を着る人も多いですが、「実際の国旗を切り刻んで服にする」ことは国家への不敬にあたるため、厳しく禁止されています。
- 絶対に間違えてはいけない「星の描き方」 他国の国旗で「14の角を持つ星」を描くことはまずありません。そのため、海外でマレーシア国旗のイラストが描かれる際、ただの「5つの角の星」や「適当なギザギザ」でごまかされる放送事故や印刷ミスがよく起こりますが、マレーシア国民はこれに非常に敏感に抗議します。「14」という数字こそが、彼らの国家の形そのものだからです。
以上のように、マレーシアの国旗「ジャルル・グミラン」は、イスラム教と王室への敬意を表しつつ、シンガポール離脱という国家の大きな試練を「意味の変更」で乗り越えた、非常に柔軟でたくましい多民族国家の歴史が織り込まれた国旗なのです。
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詳細データ・リンク
| 素材名 | マレーシアの国旗 |
|---|---|
| キーワード | マレーシア, 国旗 |
| 制作者 (Creator) | 3kaku-K |
| 著作権 (Copyright) | 3kaku-K |
| クレジット (Credit) | freesozai.jp |
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