フィリピンの国旗について
フィリピンの国旗、通称「スリー・スターズ・アンド・ア・サン(Three Stars and a Sun=3つの星と太陽)」について、そのデザインの意味、香港で縫われたという数奇な誕生秘話、そして世界でも非常に珍しい「戦争状態を示す特別な掲揚ルール」まで、詳しく解説します。フィリピンの国旗は、スペインやアメリカという大国による長い植民地支配から独立を勝ち取ろうとした、フィリピン民衆の血と涙の歴史が色濃く反映されたデザインです。
1. デザインと形の意味
青と赤の横帯、旗竿側(左側)の白い正三角形、そしてその中の太陽と3つの星で構成されています。それぞれの要素には非常に明確な意味が込められています。
- 白い正三角形 フィリピン独立革命を主導した秘密結社「カティプナン」のシンボルに由来します。同時に 「平等と友愛」「純潔と平和」 を意味しています。
- 青い帯 「平和、真実、正義」 を表しています。
- 赤い帯 「愛国心と勇気」 、そして独立闘争のために流された血を表しています。
- 中央の「8本の光を放つ太陽」 「自由と独立の光」を象徴しています。太陽から伸びる 「8本の光(束)」 は、スペインの植民地支配に対して最初に武器を取って立ち上がり、スペイン総督から戒厳令を敷かれた 「最初の8つの州」 (マニラ、カビテ、ブラカン、パンパンガ、ヌエヴァ・エシハ、タルラック、ラグナ、バタンガス)を表しています。
- 四隅の「3つの星」
フィリピンを構成する 「3つの主要な地理的領域(島々)」 を表しています。
- ルソン島 (北部)
- ビサヤ諸島 (中部。※制定当初は独立運動が起きたパナイ島を指していましたが、現在はビサヤ地域全体を指します)
- ミンダナオ島 (南部)
2. 世界でも稀な「戦争状態」を示すルール
フィリピンの国旗には、世界中の国旗の中でも類を見ない 「天地(上下)を逆さまにして掲揚する」 という公式なルールが存在します。
- 平時(平和な時):「青」が上、赤が下になります。(通常の国旗)
- 戦時(戦争状態):「赤」が上、青が下になります。
これは「平和(青)」よりも「勇気と愛国心・流血(赤)」を優先するという意味であり、国が戦争状態・非常事態にあることを内外に示します。 歴史上、フィリピン・アメリカ戦争(1899年)や、第二次世界大戦中の日本軍との戦いなどの際、実際に「赤が上」の戦時国旗が掲げられました。
※時折、国際会議やスポーツの大会で、大会運営側が誤ってフィリピン国旗の赤を上にして掲揚してしまい、「フィリピンが戦争を宣言した!」と大問題(外交問題)になる事件が起こることがあります。
3. 国旗の歴史と由来:香港で生まれた国旗
フィリピン国旗は、フィリピン国内ではなく、実は「香港」でデザインされ、縫製されました。
① 亡命先の香港でデザイン(1897年) スペインに対する独立闘争の指導者であり、後に初代大統領となる エミリオ・アギナルド将軍 は、スペイン軍との一時的な和平協定により香港に亡命していました。彼は香港滞在中に、新しいフィリピン共和国のための国旗を自らデザインしました。
② 3人の女性による手縫いの国旗 アギナルドのデザインをもとに、実際に布を縫い合わせて最初の国旗を作ったのは、同じく香港に滞在していたフィリピン人の マルセラ・アゴンシージョ という女性です。 彼女は自分の長女ロレンサ、そしてフィリピンの国民的英雄ホセ・リサールの姪であるデルフィナ・エルボサの3人で、高級な絹(シルク)を使って5日間かけて手縫いで国旗を完成させました。
③ 独立宣言でのお披露目(1898年) 1898年、米西戦争(アメリカvsスペイン)が勃発すると、アギナルドはアメリカの支援を受けてフィリピンに帰国します。そして同年6月12日、カビテ州カウィトのアギナルドの自宅のバルコニーからこの国旗が振られ、 「フィリピン第一共和国の独立」 が宣言されました。(この日が現在のフィリピンの独立記念日です)。
4. 知っておきたい豆知識(トリビア・論争)
- 「青色」が何度も変わっている
フィリピン国旗の「青色」は、歴史に翻弄されて何度も色合いが変わっています。
- 制定当初(1898年):キューバの国旗に影響を受けたと言われ、少し明るめの青でした。
- アメリカ統治時代:アメリカの星条旗と同じ「ネイビーブルー(濃紺)」が使われました。
- マルコス政権時代(1985年):当初の明るい青(ライトブルー)に戻そうとしましたが、「色が薄すぎる」と不評で定着しませんでした。
- 現在の色(1998年〜):独立100周年を機に法律が整備され、ネイビーブルーとライトブルーの中間である 「ロイヤルブルー」 に厳密に統一されました。
- 「9番目の光」を追加する議論 太陽の光は「スペインに反抗した8つの州」を表していますが、近年フィリピン国内で 「太陽の光を『9本』に増やすべきだ」 という法案が何度も提出されています。 理由は、スペインの支配に最後まで屈することなく戦い続けた 「南部のイスラム教徒(ムスリム)や先住民」の功績 を、9番目の光として国旗に刻むべきだという主張からです。 上院で可決されたこともありますが、デザインの変更には多大なコストがかかることや、歴史的デザインを変えることへの慎重論もあり、現在も正式な変更には至っていません。
- アメリカ国旗の影響 赤、青、白の3色は、独立を支援した(後に植民地支配することになる)アメリカの「星条旗」に対する感謝と敬意を込めて選ばれた、という側面も当時の独立宣言書には記されています。
以上のように、フィリピンの国旗は、秘密結社のシンボルに由来する三角形と、独立闘争の火蓋を切った8つの州(太陽)、そして「平時と戦時で上下をひっくり返す」という強烈なルールを持った、アジアの独立運動の血の歴史を最も色濃く残す国旗なのです。
素材について
フィリピンの国旗、通称「スリー・スターズ・アンド・ア・サン(Three Stars and a Sun=3つの星と太陽)」について、そのデザインの意味、香港で縫われたという数奇な誕生秘話、そして世界でも非常に珍しい「戦争状態を示す特別な掲揚ルール」まで、詳しく解説します。フィリピンの国旗は、スペインやアメリカという大国による長い植民地支配から独立を勝ち取ろうとした、フィリピン民衆の血と涙の歴史が色濃く反映されたデザインです。
1. デザインと形の意味
青と赤の横帯、旗竿側(左側)の白い正三角形、そしてその中の太陽と3つの星で構成されています。それぞれの要素には非常に明確な意味が込められています。
- 白い正三角形 フィリピン独立革命を主導した秘密結社「カティプナン」のシンボルに由来します。同時に 「平等と友愛」「純潔と平和」 を意味しています。
- 青い帯 「平和、真実、正義」 を表しています。
- 赤い帯 「愛国心と勇気」 、そして独立闘争のために流された血を表しています。
- 中央の「8本の光を放つ太陽」 「自由と独立の光」を象徴しています。太陽から伸びる 「8本の光(束)」 は、スペインの植民地支配に対して最初に武器を取って立ち上がり、スペイン総督から戒厳令を敷かれた 「最初の8つの州」 (マニラ、カビテ、ブラカン、パンパンガ、ヌエヴァ・エシハ、タルラック、ラグナ、バタンガス)を表しています。
- 四隅の「3つの星」
フィリピンを構成する 「3つの主要な地理的領域(島々)」 を表しています。
- ルソン島 (北部)
- ビサヤ諸島 (中部。※制定当初は独立運動が起きたパナイ島を指していましたが、現在はビサヤ地域全体を指します)
- ミンダナオ島 (南部)
2. 世界でも稀な「戦争状態」を示すルール
フィリピンの国旗には、世界中の国旗の中でも類を見ない 「天地(上下)を逆さまにして掲揚する」 という公式なルールが存在します。
- 平時(平和な時):「青」が上、赤が下になります。(通常の国旗)
- 戦時(戦争状態):「赤」が上、青が下になります。
これは「平和(青)」よりも「勇気と愛国心・流血(赤)」を優先するという意味であり、国が戦争状態・非常事態にあることを内外に示します。 歴史上、フィリピン・アメリカ戦争(1899年)や、第二次世界大戦中の日本軍との戦いなどの際、実際に「赤が上」の戦時国旗が掲げられました。
※時折、国際会議やスポーツの大会で、大会運営側が誤ってフィリピン国旗の赤を上にして掲揚してしまい、「フィリピンが戦争を宣言した!」と大問題(外交問題)になる事件が起こることがあります。
3. 国旗の歴史と由来:香港で生まれた国旗
フィリピン国旗は、フィリピン国内ではなく、実は「香港」でデザインされ、縫製されました。
① 亡命先の香港でデザイン(1897年) スペインに対する独立闘争の指導者であり、後に初代大統領となる エミリオ・アギナルド将軍 は、スペイン軍との一時的な和平協定により香港に亡命していました。彼は香港滞在中に、新しいフィリピン共和国のための国旗を自らデザインしました。
② 3人の女性による手縫いの国旗 アギナルドのデザインをもとに、実際に布を縫い合わせて最初の国旗を作ったのは、同じく香港に滞在していたフィリピン人の マルセラ・アゴンシージョ という女性です。 彼女は自分の長女ロレンサ、そしてフィリピンの国民的英雄ホセ・リサールの姪であるデルフィナ・エルボサの3人で、高級な絹(シルク)を使って5日間かけて手縫いで国旗を完成させました。
③ 独立宣言でのお披露目(1898年) 1898年、米西戦争(アメリカvsスペイン)が勃発すると、アギナルドはアメリカの支援を受けてフィリピンに帰国します。そして同年6月12日、カビテ州カウィトのアギナルドの自宅のバルコニーからこの国旗が振られ、 「フィリピン第一共和国の独立」 が宣言されました。(この日が現在のフィリピンの独立記念日です)。
4. 知っておきたい豆知識(トリビア・論争)
- 「青色」が何度も変わっている
フィリピン国旗の「青色」は、歴史に翻弄されて何度も色合いが変わっています。
- 制定当初(1898年):キューバの国旗に影響を受けたと言われ、少し明るめの青でした。
- アメリカ統治時代:アメリカの星条旗と同じ「ネイビーブルー(濃紺)」が使われました。
- マルコス政権時代(1985年):当初の明るい青(ライトブルー)に戻そうとしましたが、「色が薄すぎる」と不評で定着しませんでした。
- 現在の色(1998年〜):独立100周年を機に法律が整備され、ネイビーブルーとライトブルーの中間である 「ロイヤルブルー」 に厳密に統一されました。
- 「9番目の光」を追加する議論 太陽の光は「スペインに反抗した8つの州」を表していますが、近年フィリピン国内で 「太陽の光を『9本』に増やすべきだ」 という法案が何度も提出されています。 理由は、スペインの支配に最後まで屈することなく戦い続けた 「南部のイスラム教徒(ムスリム)や先住民」の功績 を、9番目の光として国旗に刻むべきだという主張からです。 上院で可決されたこともありますが、デザインの変更には多大なコストがかかることや、歴史的デザインを変えることへの慎重論もあり、現在も正式な変更には至っていません。
- アメリカ国旗の影響 赤、青、白の3色は、独立を支援した(後に植民地支配することになる)アメリカの「星条旗」に対する感謝と敬意を込めて選ばれた、という側面も当時の独立宣言書には記されています。
以上のように、フィリピンの国旗は、秘密結社のシンボルに由来する三角形と、独立闘争の火蓋を切った8つの州(太陽)、そして「平時と戦時で上下をひっくり返す」という強烈なルールを持った、アジアの独立運動の血の歴史を最も色濃く残す国旗なのです。
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詳細データ・リンク
| 素材名 | フィリピンの国旗 |
|---|---|
| キーワード | フィリピン, 国旗 |
| 制作者 (Creator) | 3kaku-K |
| 著作権 (Copyright) | 3kaku-K |
| クレジット (Credit) | freesozai.jp |
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