インドネシアの国旗について
インドネシアの国旗、通称「サン・サカ・メラ・プティ(Sang Saka Merah Putih=栄光の紅白旗)」について、そのシンプルな色の意味、オランダの国旗を「物理的に破り捨てて」生まれたという激しい独立の歴史、そしてモナコ国旗との有名な「激似問題」まで詳しく解説します。世界で最もシンプルな国旗の一つですが、そこには東南アジアの島々をまとめる深い精神性と、植民地支配に対する強烈な抵抗の歴史が込められています。
1. デザインと色の意味
上半分が赤、下半分が白の、非常にシンプルな横二色旗です。この2つの色には、人間の存在を構成する「2つの要素」という哲学的な意味が込められています。
- 赤(メラ / Merah) 「勇気」や「情熱」 を表すとともに、人間の 「肉体」 や物質的な生活を象徴しています。また、自由のために流された血の色とも解釈されます。
- 白(プティ / Putih) 「純潔」「神聖さ」 を表し、人間の 「魂」 や精神的な生活を象徴しています。
この赤と白が合わさることで 「肉体と魂が揃って初めて完全な人間(国家)になる」 という、インドネシアの伝統的な宇宙観・人間観を表現しています。また、古くからジャワ島などで信仰されていた「太陽(赤)」と「月(白)」、あるいは「大地(赤)」と「空(白)」のシンボルであるとも言われています。
2. 「紅白旗」の歴史と由来:破り捨てられたオランダ国旗
この国旗は、20世紀の独立運動の中で生まれましたが、そのルーツは中世にまで遡ります。
① ルーツは13世紀の「マジャパヒト王国」 赤と白の配色は、13世紀から16世紀にかけて現在のインドネシア地域(ジャワ島中心)を支配し、強大な勢力を誇ったマジャパヒト王国の旗印(赤と白の9本の縞模様)に由来しています。「かつての偉大な時代を取り戻そう」という民族意識の象徴として、20世紀初頭の独立運動家たちがこの2色を採用しました。
② オランダの「青」を破り捨てた伝説の事件(1945年) インドネシアは長らくオランダの植民地(オランダ領東インド)でした。第二次世界大戦で日本がオランダを駆逐し、その後日本が降伏した直後の1945年8月17日、スカルノ(初代大統領)らが独立を宣言しました。 しかし、再び植民地化しようとオランダ軍(とイギリス軍)が戻ってきます。同年9月、スラバヤという街のホテル(ヤマト・ホテル)の屋上に、オランダ軍が自国の国旗「赤・白・青の三色旗」を掲げました。 これに激怒したインドネシアの若者たちはホテルに突入し、屋上に登ってオランダ国旗を引きずり下ろしました。そして 一番下の「青(植民地支配の象徴)」の部分をビリビリに破り捨て、残った「赤と白」の部分だけを再び掲げた のです。 この「オランダ国旗引き裂き事件」は、インドネシアの独立闘争(独立戦争)を象徴する最も有名で熱いエピソードとして、現在も語り継がれています。
③ ファトマワティ夫人の「手縫いの国旗(プサカ旗)」 1945年8月17日の独立宣言の際、初めて公式に掲揚された紅白旗は、スカルノ大統領の妻であるファトマワティ夫人が日本軍の将校から贈られた赤い布と白い布をミシンで縫い合わせて手作りしたものでした。 この最初の国旗は 「ブンダン・プサカ(聖なる旗)」 と呼ばれ、国の宝として大切に保管されています。
3. モナコ国旗との「激似問題」とポーランド国旗
インドネシアの国旗は、他国の国旗とデザインが被っていることで世界的に有名です。
- モナコ公国との違い(比率)
ヨーロッパの小国「モナコ」の国旗も、インドネシアと全く同じ「上が赤、下が白」です。
唯一の違いは「縦横の比率」です。
- インドネシア:縦2 対 横3 (少し横長)
- モナコ:縦4 対 横5 (正方形に近い)
- モナコからの抗議事件 1945年にインドネシアがこの国旗を制定した際、すでに19世紀から同じ国旗を使っていたモナコ政府から「デザインを変えてほしい」と公式に抗議が来ました。 しかしインドネシア側は 「我々の赤と白は、13世紀のマジャパヒト王国の時代から使っている伝統的な色であり、モナコ(19世紀制定)よりも歴史が古い!」 と突っぱねました。結局、遠く離れた国同士であることもあり、両国ともそのまま使い続けることで現在に至っています。
- ポーランド国旗との違い ポーランドの国旗は、同じ赤と白ですが 「上下が逆(上が白、下が赤)」 です。スポーツの国際大会などで、よくインドネシアとポーランドの国旗が間違って掲揚されたり、テレビのテロップで逆になったりする放送事故が定期的に起きています。
4. 知っておきたい豆知識(トリビア)
- 厳格な取り扱いルール インドネシアでは国旗に対する敬意が非常に強く求められます。「国旗を地面につけてはならない」「破れたり色褪せたりした国旗を掲げてはならない」「国旗の上に文字や絵を書いてはならない」といった法律が厳密に定められており、違反すると罰則の対象になることがあります。
- 「プサカ旗」の現在 前述のファトマワティ夫人が縫った初代の国旗(プサカ旗)は、独立記念日の式典で毎年掲揚されていました。しかし、年月を経て布がボロボロになってしまったため、1968年を最後に実際の掲揚は中止されました。現在、式典で掲げられているのは精巧なレプリカ(複製)であり、オリジナルのプサカ旗は首都ジャカルタの独立記念塔(モナス)の厳重な保管室で大切に保存されています。
以上のように、インドネシアの「紅白旗」は、肉体と魂という人間の根源を表す哲学的な色でありながら、オランダの国旗を破り捨てて「青」を消し去ったという、強烈な反骨精神と独立への血の滲むような闘争の歴史が宿った国旗なのです。
素材について
インドネシアの国旗、通称「サン・サカ・メラ・プティ(Sang Saka Merah Putih=栄光の紅白旗)」について、そのシンプルな色の意味、オランダの国旗を「物理的に破り捨てて」生まれたという激しい独立の歴史、そしてモナコ国旗との有名な「激似問題」まで詳しく解説します。世界で最もシンプルな国旗の一つですが、そこには東南アジアの島々をまとめる深い精神性と、植民地支配に対する強烈な抵抗の歴史が込められています。
1. デザインと色の意味
上半分が赤、下半分が白の、非常にシンプルな横二色旗です。この2つの色には、人間の存在を構成する「2つの要素」という哲学的な意味が込められています。
- 赤(メラ / Merah) 「勇気」や「情熱」 を表すとともに、人間の 「肉体」 や物質的な生活を象徴しています。また、自由のために流された血の色とも解釈されます。
- 白(プティ / Putih) 「純潔」「神聖さ」 を表し、人間の 「魂」 や精神的な生活を象徴しています。
この赤と白が合わさることで 「肉体と魂が揃って初めて完全な人間(国家)になる」 という、インドネシアの伝統的な宇宙観・人間観を表現しています。また、古くからジャワ島などで信仰されていた「太陽(赤)」と「月(白)」、あるいは「大地(赤)」と「空(白)」のシンボルであるとも言われています。
2. 「紅白旗」の歴史と由来:破り捨てられたオランダ国旗
この国旗は、20世紀の独立運動の中で生まれましたが、そのルーツは中世にまで遡ります。
① ルーツは13世紀の「マジャパヒト王国」 赤と白の配色は、13世紀から16世紀にかけて現在のインドネシア地域(ジャワ島中心)を支配し、強大な勢力を誇ったマジャパヒト王国の旗印(赤と白の9本の縞模様)に由来しています。「かつての偉大な時代を取り戻そう」という民族意識の象徴として、20世紀初頭の独立運動家たちがこの2色を採用しました。
② オランダの「青」を破り捨てた伝説の事件(1945年) インドネシアは長らくオランダの植民地(オランダ領東インド)でした。第二次世界大戦で日本がオランダを駆逐し、その後日本が降伏した直後の1945年8月17日、スカルノ(初代大統領)らが独立を宣言しました。 しかし、再び植民地化しようとオランダ軍(とイギリス軍)が戻ってきます。同年9月、スラバヤという街のホテル(ヤマト・ホテル)の屋上に、オランダ軍が自国の国旗「赤・白・青の三色旗」を掲げました。 これに激怒したインドネシアの若者たちはホテルに突入し、屋上に登ってオランダ国旗を引きずり下ろしました。そして 一番下の「青(植民地支配の象徴)」の部分をビリビリに破り捨て、残った「赤と白」の部分だけを再び掲げた のです。 この「オランダ国旗引き裂き事件」は、インドネシアの独立闘争(独立戦争)を象徴する最も有名で熱いエピソードとして、現在も語り継がれています。
③ ファトマワティ夫人の「手縫いの国旗(プサカ旗)」 1945年8月17日の独立宣言の際、初めて公式に掲揚された紅白旗は、スカルノ大統領の妻であるファトマワティ夫人が日本軍の将校から贈られた赤い布と白い布をミシンで縫い合わせて手作りしたものでした。 この最初の国旗は 「ブンダン・プサカ(聖なる旗)」 と呼ばれ、国の宝として大切に保管されています。
3. モナコ国旗との「激似問題」とポーランド国旗
インドネシアの国旗は、他国の国旗とデザインが被っていることで世界的に有名です。
- モナコ公国との違い(比率)
ヨーロッパの小国「モナコ」の国旗も、インドネシアと全く同じ「上が赤、下が白」です。
唯一の違いは「縦横の比率」です。
- インドネシア:縦2 対 横3 (少し横長)
- モナコ:縦4 対 横5 (正方形に近い)
- モナコからの抗議事件 1945年にインドネシアがこの国旗を制定した際、すでに19世紀から同じ国旗を使っていたモナコ政府から「デザインを変えてほしい」と公式に抗議が来ました。 しかしインドネシア側は 「我々の赤と白は、13世紀のマジャパヒト王国の時代から使っている伝統的な色であり、モナコ(19世紀制定)よりも歴史が古い!」 と突っぱねました。結局、遠く離れた国同士であることもあり、両国ともそのまま使い続けることで現在に至っています。
- ポーランド国旗との違い ポーランドの国旗は、同じ赤と白ですが 「上下が逆(上が白、下が赤)」 です。スポーツの国際大会などで、よくインドネシアとポーランドの国旗が間違って掲揚されたり、テレビのテロップで逆になったりする放送事故が定期的に起きています。
4. 知っておきたい豆知識(トリビア)
- 厳格な取り扱いルール インドネシアでは国旗に対する敬意が非常に強く求められます。「国旗を地面につけてはならない」「破れたり色褪せたりした国旗を掲げてはならない」「国旗の上に文字や絵を書いてはならない」といった法律が厳密に定められており、違反すると罰則の対象になることがあります。
- 「プサカ旗」の現在 前述のファトマワティ夫人が縫った初代の国旗(プサカ旗)は、独立記念日の式典で毎年掲揚されていました。しかし、年月を経て布がボロボロになってしまったため、1968年を最後に実際の掲揚は中止されました。現在、式典で掲げられているのは精巧なレプリカ(複製)であり、オリジナルのプサカ旗は首都ジャカルタの独立記念塔(モナス)の厳重な保管室で大切に保存されています。
以上のように、インドネシアの「紅白旗」は、肉体と魂という人間の根源を表す哲学的な色でありながら、オランダの国旗を破り捨てて「青」を消し去ったという、強烈な反骨精神と独立への血の滲むような闘争の歴史が宿った国旗なのです。
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詳細データ・リンク
| 素材名 | インドネシアの国旗 |
|---|---|
| キーワード | インドネシア, 国旗 |
| 制作者 (Creator) | 3kaku-K |
| 著作権 (Copyright) | 3kaku-K |
| クレジット (Credit) | freesozai.jp |
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